公開授業・研究授業

試されているのは誰か

公開授業や研究授業の参加の仕方は大きく分けて2つあります。

ひとつは授業者として,もうひとつは参観者としてです。

多くの授業者は意気込んで,見せる(魅せる?)ための授業をしようと準備をしますが,普段の授業を観せてほしいという気持ちが強くあります(私の場合は,普段の授業をするだけなので,いつ観に来ていただいてもウェルカムです! 勉強させてください!)。

さて,ここからが本題です。

「授業者」にフォーカスした研修はたくさんありましたが,「参観者」にフォーカスした話は聞いたことがないので,ここでひとつ参観者について記事を書きます。

ずばり言えるのは,「公開授業では参観者の力が試される」ということです。

深い学びに繋げるために

例えば,授業を終えた私に対して「今日の授業,良かったです」とだけ伝えてくれる先生のことは基本的に信用していません。
(もちろん,観に来ていただいただけで感謝感激なのですが,ここで完結してしまっては何も学びがないので……)

これは,1コマの授業を観た上で出てくる感想が「良かった」しか言えないことを意味します。

つまり,何も学びがなかったという意味では,授業者にも原因があるのかもしれませんが,それでも「さっきのところを〜したら」「あれはなぜ〜なのですか」などのアドバイスや意見,質問をいただければ,次回に向けて改善していけるというものです。

そのやり取りが起こらないのであれば,参観者が授業を観に来るだけで生徒の集中力を少なからず削ぐ(足音やいつもと違う雰囲気によるもの)ことになるので,生徒からすれば迷惑であり,単なる時間の無駄となります。

また,授業後に検討会を持つことがあります。

ここでも同じことが言えるのですが,授業内容をそのままなぞって話すだけの先生から得られるものはありません。

むしろ,私たちがその人の話を聞いている時間が文字通り無駄になることに不安を覚えます。

ここでは,多少授業者がイラッとしてしまうようなことでも,「公開して良かった」と思えるような,そして,その場にいる教員たち全員の今後に繋がるようなアドバイスや質問をするべきです。

先生と生徒が一所懸命に頑張った授業を「良かった」の一言で片付けるような人は信用できません。

何でも言い合える仲間というのは,自分のスキルを磨いていく上で絶対に必要です。

今後も,自分が仲間だと思っている教員たち(相手がどう思っているのかは分かりません笑)と一緒に,英語教育について考え,精進していきます。

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